野呂哲夫教授


2001年度ニュートン祭パンフレットより転載。

     最近、九大に来られたんですよね?

今年の一月の半ばぐらいに来ました。

     外から見た九大のイメージはどうですか?

難しくて逆に聞きたいぐらいですね。例えば7大学がありますよね。他の6大学は、スポーツなどで定期戦などをやっていますが、九大はあんまりやってません。そういう点で九大には意識する大学が明確にないですね。そうすると自分がどういうものか意識させられる機会が少ない。九州の中ではダントツトップみたいなのがあるわけですが、そういうことでほんと周りから見た九大というものを中の人間が九大とはこういうもんだ!というものをあまり感じられない面はある。そういうのは環境が作っているんだけど。ほんとに九大のきわだった特徴、強烈な個性はなかなか掴みづらいです。 もしかしたら「ないのかな?」とも思う。これは悪い意味ではないです。やっぱり環境ですよね。外の特定の所を意識すると反対に自分のことを意識して自分に特徴を持つとこがありますよね。良い悪いではなくて、ある意味それが一つの特徴になるかもしれない。 一生の中で大学の四年間に受ける影響は非常に大きいんですよ。何か思考のベースみたいなものを作ってしまう。一生の自分の行動規範を作ってしまう。多分九大の卒業生でもそういうとこがあるだろうと思います。まあ九大の特徴、学風という点ではまだよく掴ていませんね。ほんとに逆に聞きたいぐらいです。

     先生は実験を選んで進まれたわけなんですが、実験と理論の違いとはなんですか?何故実験に進まれたんですか?

小さい頃から色んな物を作るのが好きで、手を動かして物を作るということが好きでした。我々の頃はまだプラスチックがあまりなくて、木でできたものをプラモデルみたいに組み立てる。そういうことをやってました。中学の時にはラジオを作ってみたりもしました。 だから大学進学の時に工学部に行くかも迷いました。しかし、単に作るだけじゃなくて物を見ていきたい、知っていきたいという気持ちが強かったですね。それと科学っていうのに興味を持ってそういうのを調べたいという気持ちがあった。その二つですね。 実験に行くと決めたのは院進学の時です。最初は理論指向でした。というのは我々の世代はやはり湯川・朝永の影響が強くて理論というものが念頭にあったわけです。でもよくよく考えてみたら、自分は理論では足が地についてる気がしない。やっぱり自分の手で物を作ってやっていきたい。と思いました。 ただ、今思ってるのは本当はある意味で理論と実験という境界はなくてもいいと思っています。実験やる人が理論モデルを作ってもいいわけです。でも人間の能力には限界があって理論と実験と両方を高いレベルですることはなかなかできない。だから自分の強い所が実験装置を使うことなら実験屋ってことになると思います。はなから実験屋・理論屋って分ける必要はないですよね。物理の中でも分野によって違うとは思いますけどね。

     今、三年生はある種のターニングポイントにいますが、進む先を選ぶにあたって何かアドバイスをお願いします。

まずは自分がどこに興味を持ってるかっていうことですね。多分日常やってることやってることが楽しくてしょうがない時期ってのもあるけどそれがそんな多いわけじゃなくって、私だって物理やってるんだけれどもやっぱり「あーもうこんちくしょー」って時から、情けないなって時から、あるいはほんとにしんどいという風に、日常はやっぱりそういうものの積み重ねですよね。例えば物理を悩んでる時、自分として興味を持ってやってるんだなっていう頃を感じますね。やってること自体、目指しているもの自体が自分の興味を持っていることかどうかが重要だと思います。常に楽しい楽しいってやっていけるわけではないですけどね。皆さんもそうだと思うけど。 日常の中で物理で一生懸命やることが楽しいかってそうでもないですね。やっぱり物理を分かっていく、自然界を理解していくっていうことが楽しいですね。だから自分がやりたいなっていう所に進むのが幸せですね。

     物性系と粒子系がありますがどのように選べばいいですか?

学部生では本当の意味でその学生がどうなるかという「先」というものは見えるかっていうとそうではないわけですよね。そういう意味ではアドバイスはできないですね。そうすると何が残るかと言ったらやっぱり自分で決めたかどうかということですね。自分でこういう道へ進もうと決めたらやっぱりそれが正しい道なんですよね。 私の場合は実験か理論かよりも先に素粒子のような方向にかなり早い時期に目が向いていました。学部三年の学生実験で粒子系と物性系と両方やったんですがその時に粒子系に興味を持ったんですね。そっちの方を勉強し始めて、そっちの方をもっと知りたいと思いました。それで粒子系を選びました。 私の場合は粒子系というのが頭にあったんですね。

     先生は京大の学部から京大の院に進学されたんですよね。他の大学院に行こうとは思わなかったんですか?

試験日が重なってたんですよ。そのときは確か、東大・京大・阪大は一緒だったと思いますよ。今もかなり重なってますけど、昔に比べたらバラバラになってる方だと思います。他の所も受けたとこはあるんですけど、京大通ったから京大に行ったんです。 それがいいかどうかということですが、変わる方がいいような気はするんですよね。無条件で同じ所に行くっていうよりは変る方がいいとは思います。しかし、そういう風に考えて行きたい所に行くことは難しいですね。学部の段階で大学院で本当にどこで何をどうやってるのかがどれだけ分かるかっていうのと、それとどうしても馴染みのある所へ目が向くからね。

     それは実験の施設とかも含めて変わった方がいいということですか?

設備がどうこうではないんですね。学風かもしれないですね。

     大学の外の情報を集める時にどういう方法を使ったらいいですか?

ウェブで宣伝をやってますね。それがいいと思います。限界はもちろんありますが。 一番は聞きに行く、飛び込むっていうのがいいですよね。よその大学に限らず、自分の大学でも色々な研究室がありますけど、直接聞きに行くのが一番いいんですよね。それは必ず歓迎されますよ。そういうことしてる人の比率は少ないですが。 普通は四年生の時に経験した所に目が向いてしまいがちです。生物ってみんなそうだけど、白紙の所にあることをすりこまれたら、やっぱりそっちの方に興味が行ってしまうんですよね。それもしょうがないことですが、だからまあそれでもいいんだろうけど、自分なりに調べていくと、やっぱりこっち進んでいいんだなと思えたらいいわけね。皆さんとってベストの所がどこかは分からないですから。自分が行った所以外の所は分からないんだから自分で納得できたかどうかっていうのが重要なんですよね。物理の中でもみなさん色んな分野をやってるわけで、この分野だけがベストで他がベストじゃないっていうもんじゃないわけね。それぞれ色んなものがあってそれぞれ素晴らしい分野なわけで、どこ行くかっていうのは個人でここ行けば伸びたかもしれないし、あっち行っても伸びたかもしれないけど永久に分かんないわけね。まずはできるだけ積極的に調べて自分でとにかく、でも自分で行きたいってのはこれだと思えるのが一番だと思うんだけどね。積極的な意味でも消極的な意味でも。

     大学院の説明会には行った方がいいですか?

行かないから不利ではないですよね。例えば大学の受験の時オープンキャンパスでは、自分達のやっていることを宣伝しようとするし、あるいは情報を公開して、色んなことを知ってもらいたい。そういう場として使うと思ってやってますね。でも、それにこないから不利ではないことは確かで、そういう風には絶対しないですよね。情報を集める手段として大いに活用したらいいと思いますが、遠くまで説明会に行ったら大変でしょうし、でも行かないから不利ってことはないですね。そこは勘違いしない方がいいですね。

     大学院では実験系の学生は普段どんなことをするのですか?

大学院になるといわゆる与えられた授業だけをやるのではなく、研究をやってますよね。研究をしている集団の中に入っていって一緒に研究していく。そうして学んでいくということなんですよね。日常やることっていうのは、色々な研究のための作業から勉強から色んなことがあるのですが、非常に大事なことは、教えてもらうのではなく積極的に自分で伸びていくことです。だから学部の時みたいにいくつかの講義があって、まじめに勉強する人にとっても、勉強してりゃよろしいというもんではないです。具体的な勉強の素材なんてそう与えられるか分からない。研究をやっている時に必要なことをある意味一部を担当してやっているわけだから、これをやってくれって言われたことをどこかで調べたりあるいは人に聞いたりしてやっていくってことが必要なわけね。 それとはまったく別個に自分でほんとの意味での勉強っていうのも必要ですね。一般的にこれをやりなさいっていうのはなくって自分で必要と思うことを勉強していく。それが大学院と学部の大きな違いですよね。

     先生達(教授など)がされてる研究のお手伝いをするっていうことですか?

お手伝いをするっていう考えじゃないと僕は思っているんですよ。一緒にやっているある種の同僚なんですよね。各個人から見た大学院の目的っていうのもそれぞれ違うので一概には言えませんが。 今は特にそういう幅が広いですね。本当に研究者になろうとそれを目指して大学院に行く人ってのもいるけども、就職するために大学院に行く人もいるわけですよね。 少なくとも研究者になるためと思って院に行くなら先生を先生と思ったら駄目ですよっていうのが私の主張なんですよね。本来同格でいつか抜かすべきものです。先生より学生の方がレベルが下だったらその次の学生はどんどんレベルが下がって、世代ごとにどんどんレベルが下がっていくわけです。それじゃいけなくて、やっぱり乗り越えなきゃいけない。だから大学院生にとっては先生なんてそんなもんで先輩であり、ライバルであり、これから抜かしていく乗り越えていくべきものであると思っているんですよね。 社会に出たらそうですよね。上司と部下の関係って言ったってやっぱりいつまでたっても先生、あるいはいつまでたっても上司とは限らないわけですよね。やっぱり対等にどっかでやりあわなければならない時もあるしそういうもんですよね。

     修士から博士に上がるか就職するかについてどう考えたんですか?

今大学院の定員がものすごく増えていますよね。私の頃っていうのは定員っていうのは少なかった。学部よりは当然少ないっていうもんでしたから大学院に進むっていうのは即研究者になるもんとしていたんですよね。こっちもそういうつもりだし回りもそうでした。 それから大学院を出て阪大に行ったんですが、それも研究所なんですよね。研究所って言うのは教育だけではなくて全体にとにかく研究する所が研究所なんですよね。そこに大学院生が来てるんですけれど、でもとにかく研究所全体として研究をやりましょうという環境に大学院生も来てたんですよね。だからまさに研究だけを目指して研究もしていったし教育もしていったんですよね。だからといって大学院生みんなが研究に進むっていうわけじゃないんですよね。就職していった人も多かったのも事実です。

     やっぱり学生の頃はそこそこに勉強はしてたんですか?

それは明確にNOだな。実はクラブに入ってたんですよね。弓道やってたんですが、かなりそっちばかりやってまして。一年生の時に初段を取ったんですけど、二段は取ったような気はしますが覚えていないですね。途中から段は全然取ろうとしなくなったんですよね。まじめにやってて大体学生で四段取る人があり、三段取る人がいました。四段くらいになったら着物を着るのかな。でもそれが面倒くさいとは思わなかった。部内で着物着て弓を引いたりしてましたよ。

     今は何かスポーツはやられてないんですか?

趣味は弓道って書きたいんだけれど、なかなか弓を引く暇がなくてね。この前引越しの時押入れの中で弓が折れていたのもあって忙しいだけじゃないんだけれど、子供に付き合わないかんとかね、そんなんもあるんですよね。 ほんとは続けたいんだけどなかなか、何年か前までは出身の大学に行って年に一回か二回引くくらいだったのに、それ以来もうほとんどなくなりましたね。こっちきたらますますしなくなってしまった。 やりたいんだけれど、やりだすまでにもう少し時間がかかるかもしれません。あとは歩き回るのが好きなんですよ。山岳部で雪山に登るってことをほんとはしたかったんだけれど、そこまではなかなか恐ろしくてしなかった。今でも歩き回るのは好きではあるんですよね。でも家族サービスやないけど、子供と一緒に遊んでいるうちに、だんだん軟弱になってしましましたね。子供がもう少し大きくなって、一緒にハイキングしてくれと言われれば一緒にしようかなと思っています。それまでは時々ほったらかしてどっか歩き回ったりすると思います。

     まだ研究室では学生は持ってないんですか?

多分来年の四月からはここの大学院生と直接接するとは思います。M1からです。私達の原子核グループは四月に院生が入ってそれから担当教官を自由に決めるってことになってるのでまだ決まっているわけではないんです。学生は四年生の特研の所を優先するかもしれませんので。

     東大に予算がほとんど流れているという噂を聞きますがどう思いますか?

私は前、阪大の共同利用研究所にいました。そこは阪大がどうこうというのではなくて日本の原子核の学会が作った施設で阪大の軒を借りておいているという性格があってそれなりに資金はありました。とはいってもそんなに潤沢ではなくてピーピーとはしておったけどね。 例えば諸経費を合計すると確かに東大が多いですね。でも一人あたりに直した時ダントツに多いかっていうとそうでもない。人が、規模が大きい、あるいは規模の大きなことをやってるってことがありますよね。 それと直接は東大のお金かもしれないけれども共同利用研だから各大学の人が来て研究するわけね。それはそこの予算を使ってするわけですよね。それはどっちのお金かって言われたらよう分からんですよね。大学によって決まってしまうっていうわけでもないんですよ。

     何かいい業績を残したら余計にお金がもらえるんですか?

基本的にはそういう方向に進もうとしています。良い業績と良い提案に対して予算をより割り振ろうという声が出ています。 まあそれはある意味では正しいですが、そればっかりでも困るものがあって、なかなか一概には言えませんね。 研究っていうのは色んな種類があって、二、三年後に結果が分かる研究だったらそれでもいいんだけれど、本当に非常に長いことか借りることで最初のうちは結果の見通しがつかないっていうのもあるんですよね。 大学関係で今一番問題になってるのはそこですよね。一つの研究に対して厳しい目を持たなければいけないのは確かですが、それと同時に正確に評価しきれるかという不安もありますよね。すぐに結果が分かるものならいいんですが、そうでないものをどう評価するか。またすぐに先が見えることにだけお金を流すのは大きいことができなくなるわけです。

     先程院生は同僚というのがありましたが、特研生はどうなんですか?実験とかは一緒にさせてもらえるんですか?

それはむしろその方が多いんじゃないかな。特に九大で実験するグループでは。グループによってはよその大学で実験する時にも四年生が行ってる場合もあります。でも院生にたいしては旅費出すんですけど、四年生に対しては多分出さない方が多いと思います。四年生はまだ教育という観点で見て、大学院に入ったら研究者の立場として見るんですね。一般的にはそうですよね。それで過去にも阪大とか京大とかの学生に言ったんだけれど、「大学院入ったら仕事と思え。学校じゃないよ」と。もちろん勉強もしていくんだけれど意識としてね。個々の知識を学んでいくんじゃなくて、研究するということを学んでいくんだから意識の切り替えが必要。 一つは高校と大学ですでに一回ありますよね。大学に入ったらずいぶん授業も違うやろうし、そういう風にまたそれ以上に大学院に入ったら違う。本当に自分の進む道を自分で選んでいくんです。

     自分でこういう研究がしたいと思って、できるようになるのはいつくらいからですか?

個人によりますね。ドクター論文がノーベル賞っていうのも過去にずいぶんありますし、でも一般にドクター論文のテーマくらいまでは先生にこれやってみないかって言われてやるのが普通ですよね。意識としてはドクター取ったら一人前の研究者であとはやっていかなければいけないと思わないといけない。 ドクターっていうのは研究を進めていく能力を身につける所です。ドクターを取ったということは一人前の研究者ですよということで、自分のテーマも自分で見つけてやっていけます。ドクターは論文として審査されますからね。論文としてまとまっているか、ちゃんと意味のある研究になってるかということを評価されることになるから、五年きたからそこでレポート書いてお終いということではないんですよね。論文としてまとまってるというのが必要だから。

     論文の評価とかはどういった方がやられるんですか?

ほとんどが学校ですが必ずしもそうではないですね。例えば大学内であっても原子核の実験のものであったら最低理論の人が入ります。また多分そのグループでない人が入りますし、それからよその大学って場合もありはします。私自身もよその大学のドクターの審査に行ったことはありますよ。内輪内輪じゃなくて、なるべく論文としてあるいはドクターとしてちゃんとなっているのを広い範囲でしっかりチェックできますしね。まあそういう風にやろうとしてるんですよね。

     最後に学生に向けて一言お願いします。

三年生に限らず大学の四年間は非常に人生の中では重要な時期ですよね。それは単に机の上の勉強をするんじゃなくて色んなことを身につける、あるいは自分なりの価値観やフィロソフィー、生き方というものも身につけたり探したりする時期ですよね。三年生はその後半であり、その先に自分が何をしたいのか人生でどうやっていきたいのか、そこを見つけていくあるいはその努力をする時期ではないかなっていう気がしますね。 だけど勉強せんと駄目よ。大学院に進むならやっぱりそれも大事よ。矛盾してるとまずいんだけど、大学院に入るとどうしても専門のことを一生懸命やるようになりますね。物理の広い範囲のベーシックを押さえておくのはやっぱり学部の時なんですよね。そういうのが後々非常に重要になってくるんですよね。 例えば、ある研究をするためだけだったらその目的に合ったことを一生懸命やっていればいいんだけれど、研究っていうのは人の通った道を通るんじゃないから何かどっかで新しいものを作らないといけないわけね。その時に研究分野で現状で重要な価値基準だけを持つのでは新しいものは出てこないですよね。だからそこのいかに回りに広いものを持ってるか、その時にそれをベースにどう展開していけるかっていうのが非常に重要なんですよね。私がそれを身につけてるかっていうとそうじゃないんだけどね。そういう意味では学部の三年生、四年生の勉強っていうのは非常に重要なんですよね。 この二つですね。頑張ってください。

     ありがとうございました。


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