Original grail  


 

 アーチャーVSアーチャーは、全くの互角だった。

「ぬっ!」

 ギルガメッシュがその宝物庫から無数の刃を引き出せば、エミヤは瞬時にしてその全てを投影し、ギルガメッシュのそれにぶつける。
 つまり、グラムはグラムと斬り結び、デュランダルはデュランダルとかち合い、フラガナッハはフラガナッハに相殺された。

「チッ、下郎が嘗めた真似をしてくれる・・・」

 荒い舌打ち。
 全く同じ武器を持って迎撃したことが、ギルガメッシュには侮辱と感じたか。だが、エミヤにとってはしごく当たり前の選択だ。同じ武器同士がぶつかれば、相打ちで終わるのが自明の理。
 贋作がオリジナルを超えることはない。しかし、優れた贋作がときにオリジナルと寸分違わぬように、エミヤの投影もまたギルガメッシュの宝具を完全にコピーしていた。
 少なくともこの一回目の攻防においては全くの互角。
 二人の英霊のかたわらには、へし折れた武具がその屍をさらしていた。

「どうした英雄王。私の作った贋作ごとき、歯牙にもかけぬはずだろう?」
「一度防いだ程度、減らず口を叩くな!」

 ゲート・オブ・バビロン。ギルガメッシュが再びその財を解き放つ。
 それを迎え撃つは無論エミヤの投影。
 それぞれ竜を殺し、星の一つもうち砕くほどの武具が乱れ飛び、自ら流星となって矛を交える。

 ギィン!ギインッ!ギッッ、ギィッ!

 二人のアーチャーは一歩も譲らず互いを睨め、攻防の度、宝具の群れが潰し合う。、
 激突の余波に教会は揺れ、散る火花は閃光となって網膜を焼く。

「すごい・・・」

 凛が思わず、見とれ、賛嘆を漏らす。
 アーチャーの戦いをこうして見守るのは二度目だ。
 ランサー戦では、その肉体に見惚れた。身の丈を超す長槍を、軽々と扱うランサー。二振りの短剣を的確にふるい、敵を寄せ付けぬアーチャー。
 視認すら出来ぬ高速の槍を、短剣は防ぎ、はねつける。
 両者の剣撃はまさに舞い、死の舞踏だった。剣技と槍術。人の編み出した技術が、最も優れた肉体によって行使された、およそ戦闘と呼ばれるものの粋だった。
 対し、これは戦争。ただひたすらに力に力を持って応える。宝具の撃ち合いはさながら爆撃戦であり、それだけに華麗。
 二人のアーチャーは英霊としての総力を費やし、互いの宝具を砕き続ける。
 外側から見る限り、両者は完全に拮抗していた。戦いの果てが見えてこなかった。このままでは何か外部から別の力でも働かない限り、永久に戦い続けるかもしれない。
 別の力・・・たとえば、マスターによる魔力供給が絶たれるなど。
 言峰は、凛と並ぶようにして、アーチャー同士の戦いを静観している。でなくば、凛とて戦闘に見入ったりは出来ない。言峰には戦うそぶりもないのだ。ギルガメッシュの「手を出すな」を真に受けているのだろうか。
 
「綺礼。いいの。あんたのアーチャー、口よりは余裕ないみたいだけど」
「私は聖杯戦争から降りた身だ。お前含め、マスターに手を出すつもりはない・・・と言っても信用はしないか」
「そうね。今すぐあの金色を下げるなら、多少の聞く耳は持ってあげるわ」
「残念だがそれも出来ぬ。もう察しはついているだろうが、アレは前回の聖杯戦争におけるアーチャーだ。つまりこの十年、奴は現界し続けている」
「・・・!? そんな、サーヴァントを聖杯戦争後も使役するなんて、ルール違反もいいとこじゃない!」
 
 聖杯戦争の前提は、七体のサーヴァントに七人のマスターが存在すること。言峰の言うようにサーヴァントが「貯められる」なら、聖杯戦争での確実な勝利を欲する勢力−たとえばマキリやアインツベルン−が、あらかじめサーヴァントを五体も十体も貯めてしまえば、誰がそれを打倒し得るか。聖杯戦争など根底から崩壊する。
 そもそも、英霊は元々人間の使い魔に甘んずる存在ではない。サーヴァントは聖杯を欲するがゆえに、マスターは聖杯を手にするがために、一時的な主従を結ぶ。その関係が聖杯以後も続くなど、それもルールの外の話だった。

「ルールか。その意味で言えばアレはイレギュラーでな。前回の聖杯戦争で生き残ったおり、現世において受肉をしている。と、なれば既に聖杯戦争からは切り離された存在。もはやサーヴァントとも呼べぬ代物だ。どうして私の命など聞こう」
「・・・アンタ、何がしたかったの」

 凛は心底疲れ切ったように言った。
 この男はうつろだ。否、むしろうつろしかない。凛にもやっとそれが分かった。
 仕掛けは大仰。細工は丹念。ランサーの最初のマスターは外来からの魔術師だったと聞く。どうランサーを奪ったかは知らないが、見事な手際という他ない。それで、この隠し玉だ。
 こうして対峙していても、敵う気がまるでしない。凛が言峰に抱く苦手意識も、親代わりであったことや性格の相性に関係なく、単に『勝てない』ことから発している。天才の呼び名高い凛にしてだ。
 体力、知力、魔力その総合において、おそらく歴代のマスター中一、二を争うだろう。
 なのに、誰より言峰自身にとって、その事実が無意味だ。赤子と同じなのだ。したいことをしているようでも、何故したいのか自分でも分かっていない。そんな男に怒りや悲しみを向けたところで、何にもならない。

「願いか。今の私にとっての唯一明確な望みはそうだな。この聖杯戦争の勝者を見届けることだ。お前か、そうでない誰かなのかな・・・」

 凛はもう聞いていなかった。結局、この男も魔術師なのだ。


Original grail 

             episode6: アーチャーVSアーチャー



 アーチャー同士の戦いは、いつの間にか止んでいた。

「・・・チッ、埒があかん」
「同感だ」

 射出した宝具はすでに百を超す。折れた剣は周囲に散らばり、山。
 凛が予想した通り、両者実力は伯仲。互いに決め手を出しあぐね、戦闘は千日手と化していた。
 底なしの宝具とは言うが、かりそめにも「宝具」たり得るだけの名剣名槍だ。
 この世に数千数万と存在するならば、それは「幻想」に如かず、「凡百」というもの。その凡百ならぬ財物を、撃ち出すごとに破壊され、ギルガメッシュは下手に攻撃をしかけることの愚を悟り、一方エミヤの宝具は投影の産物。確かに数に限りはないが、繰り出すごとに自らの魔力を削っている。無闇な連発は消耗を早めるばかりだ。
 攻撃の無意味に気づき、どちらともなく、にらみ合いへと以降していた。
 
「英雄王。武器の貯蔵はそこまでか? 他ならぬ君自身の剣を出したらどうだ」
「うぬぼれるな。我が剣を貴様ごときの血で汚しては、末世までの汚れよ」
「怖いのか? せっかくのオリジナルを、私に投影されるのが」
「フッ、出すまでもないだけだ。出したところで、貴様ら雑種あがりのサーヴァントにはアレが何であるか、理解すら及ぶまい」

 ギルガメッシュが唯一、担い手として持つ魔剣エア。乖離剣エア。
 次元に断層を作り出し、空間ごと削り取るその一撃は、全宝具中筆頭の破壊力を誇る。人の世にエアを凌ぐ宝具など存在しない。神話上の宝具全ての原型を持つギルガメッシュが、なおその愛剣とする至高の一。これに比べれば、エクスカリバーやグラムすらゴミだ。
 が、宝具のジレンマ。威力の分、魔力充填が遅い。召還から放つまでの間に、幾ばくかの時を要する。
 エミヤはエアを誘い出したい。ギルガメッシュがエアを発動させる瞬間生まれる絶対の好機。その瞬間、宝具の一斉射撃をかける。まともに食らえば英雄王とてひとたまりもあるまい。
 それを分かって、エアを撃てないギルガメッシュ。そのチャンス以外には、決め手を持たないエミヤ。
 力の天秤はここに釣り合った。

「・・・が、認めるか。少なくとも我は『戦い』をしている。貴様を一蹴するには至らないようだ」

 初めて、ギルガメッシュがその面輪から侮りを消した。
 ギルガメッシュが両腕を下げる。と、見るや、全身から金色の閃光が生まれる。

「!」

 未知の宝具かと身構えるエミヤの前で、再び光の中から現れたギルガメッシュは、黄金の鎧。その身全てを金色の板金鎧で覆っていた。セイバーのように魔力で防具を編んでいるのか、肩、胸、指先に至るまで、今や一分の隙もなくよろわれた英雄王は、そのたなびく金髪をかき上げると、

「この姿になるのも久しいな。光栄に思えよフェイカー。少なくとも、ここからの我は本気だ」

 空中から一振りの剣を取り出し、握る。前のように、無造作に撃ち出すわけではない。言葉通り本気だ。粘着質な笑みが、口元から消えている。髪を上げたからか、顔自体の印象もまるで別人だ。どこか油断に繋がるような甘さがなくなった。一目で手強くなったとわかる。
 
「・・・剣を競うか。こちらとしてもその方が有りがたい」

 と、エミヤの手にはすでに二振り。干将・莫耶だ。
 エミヤの最も使い慣れたこの双剣は、ギルガメッシュの宝庫にはない。ギルガメッシュの活躍した時代よりずっと後、中国の春秋において鍛冶屋干将とその妻莫耶によって打たれた夫婦剣。
 宝具として突出しているわけではない。硬度・斬れ味、共に宝具としては並だろう。ゲイボルクのように、優れた魔力を持つわけでもない。
 しかし、エミヤは他のどの宝具より、この干将莫耶を好んで使っていた。余分なものなど何一つない、ただ剣という本分に従い、戦い続けるその姿に、自らを重ねて。
 
「こちらから行かせてもらうぞ! 英雄王!」

 エミヤが斬りかかる。ギルガメッシュは避けもしない。
 干将の一撃がギルガメッシュの肩を見舞う。受け止めた黄金の鎧は、ひび一つ入らなかった。
 
「無傷だと!? どういう作りだ!」

 それならばと、莫耶が首をはねんと迫る。ギルガメッシュはそれを籠手で凌ぎ、

「ベリサルダ」

 エミヤへと斬撃を見舞う。

「チッ!」

 エミヤは干将を引き戻し、敵の剣へ刃を合わせる。
 ギルガメッシュはあくまでアーチャーであり、その剣技の程はたかが知れている。確かにサーヴァントである以上、人の域は超えていよう。だがセイバーやランサーの猛攻を凌いだエミヤにとって、さしたる脅威ではなかろう。
 が、防ぎに入った干将は受け止めた先から断ち切られ、

「ぐっ!?」

 勢い、ギルガメッシュの剣がエミヤへ届く。
 胸元を浅く斬り裂かれ、エミヤは思わず飛び退いた。

「・・・驚いたな。見たところ、特別優れた剣でもなさそうだが。魔力の性質が少し変わっているようだ」
「ベリサルダはマジックアイテムを断ち切るための剣。投影で出来た剣など紙のごとしだ」
「なるほど。以後気をつけるとしよう」

 エミヤが再び武器を投影する。手にしたはまたしても干将・莫耶。

「馬鹿の一つ覚えだな。何となれば、そんな二流の亜種に頼るしかない哀れよ」
「それはどうかな?」

 と、エミヤは干将を投げつけた。ギルガメッシュが首を逸らしてかわすと、そこにエミヤが、踏み込む足で床を砕いての斬撃。

「撃ち合わなければ折られることはないと踏んだか・・・浅知恵!」

 ギルガメッシュがあえてベリサルダを莫耶に合わせていく。が、エミヤの手にあるのは莫耶ではなかった。
 ふるう剣は、ギルガメッシュのそれと同じ。

「ベリサルダ!? 貴様、投影したか!」
「マジックアイテム殺し同士がぶつかればどうなるか、一興だろう! ギルガメッシュ


 二つのベリサルダが交差する。
 ガッ!
 やはり、直接打ち合えば本家には叶わないのか、エミヤの持つベリサルダに、ギルガメッシュのベリサルダが刃を食い込ませる。あと数秒もすれば、刀身は半ばから断ち切られよう。

「だから、浅知恵だと言った今代のアーチャー!」
 
 と、エミヤは残る左手の莫耶をベリサルダに叩きつける。当然のように莫耶は砕けた。
「・・・? 無駄なあがきを!」

 ベリサルダを両手に持ち替え、ギルガメッシュは渾身の力を持って押し込む。
 と、その瞬間。

「―――鶴翼、欠落ヲ不ラズ」

 空を裂く音がギルガメッシュの耳元を襲う。
 
「うっ!?」

 飛来するそれは干将。知らずにいれば首を落とした一撃を、間一髪でかわしたが、干将の行く手は元々、片割れである莫耶の元。
 そして、莫耶の破片を浴びたベリサルダへと。
 キィィィン!

「ぐっ!」

 ベリサルダより、手の方が保たなかった。凄まじい衝撃に剣を思わず取り落とす。弾かれたベリサルダは、教会の床を滑っていく。
 追い打ちのようにエミヤが迫る。が、それは足止めを喰らった。数条の剣が、アーチャーの足元に突き刺さったのだ。

「干将・莫耶は夫婦剣。お互いどれほど離れようと、互いの場所へ舞い戻る。君の言う二流にも、使い道はあるようだな・・・どうしたギルガメッシュ。顔色が良くないぞ」

 ギルガメッシュは、しびれの残る手を抑えながら、むしろ無表情に、

「・・・いやな、貴様のそのしたり顔をどう引き裂いてやろうか。思案がちと過ぎたようだ・・・」

 ゲート・オブ・バビロン。空間がゆらぎ、金色の王の背後に、無数の柄が差し出される。
 先程までは、その矛先が敵手エミヤへと向いていた。今は、その握る柄を垂れ、主に引き抜かれるのを待ちかまえている。その一つ一つが伝説を持つ、きら星のごとき宝具の群れが。
 エミヤですらその光景には一瞬息を呑んだ。いや、剣製を担うエミヤだからこそ、その真価が分かる。ギルガメッシュ、この英雄王こそ最高の好敵手であると。
 人知れず、エミヤはニコと笑った。エミヤにとって戦いは目的に達するための手段であり、ただの作業にしか過ぎない。しかし、これは、何とも楽しい作業だった。

「これは見知るか贋作者。かつてラグナロクにおいて世界を滅ぼした炎の剣・・・!」

 だが、ギルガメッシュが新たな剣を抜き放とうとした瞬間、
  
「やっちゃえバーサーカー」
「「!?」」

 轟音と共に、教会の壁が破られた。
 そこから除く巨躯は、それを引き連れた白い少女は、

「イリヤスフィール・・・!」
「チッ、『器』が直接出向いてくるとは・・・」

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
 「冬の娘」はバーサーカーの背からひらりと優雅に舞い降りると、凛の方へと歩き出し、スカートの端をつまみあげた。
 
「お邪魔するわ凛。お城で待ってても誰も来ないんだもの。遊びに来ちゃった」

 虚をつかれた凛は、やがてふてぶてしさを取り戻した表情で、

「・・・大した自信ね。わざわざ出てこなくても、私達の共倒れを待ってれば良かったのに」
「だめよ。凛のアーチャーはともかく、そっちのアーチャーは危険だもの。でも、この状況なら私のバーサーカーは負けない。さ、バーサーカー。そいつらとっとと殺しちゃって」

 主の命に応じ、バーサーカーは戦いの場へ混じらんと、アーチャー達へ向いた。
 アーチャー二人は互いに剣を止め、
 
「バーサーカー・・・ランサーの言うにはヘラクレスだったな。面白い。今の我には良い座興よ。同じ半神同士、どちらの血が濃いか試そうぞ」
「やれやれ、ギルガメッシュ。君1人なら後少しで片づいたのだが。厄介が増えたものだ」
「ハッ、戯れ言をようも。だがこれで少しは」
「ああ」

 二人のアーチャー達の内部に、爆発的な殺意が芽生え始めていた。それに呼応するかのごとく、バーサーカーは咆哮を放つ。次の瞬間、全てを灰燼にしかねぬほどの灼熱をはらんで。

「戦争らしくなった!」

 三つ巴が渦を巻いていく。その終着地はようとして定かでない。
 それを見つめる、もう一揃いの瞳の行方も。

next grail...矢は放たれる


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