Original grail  


         
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             episode 2 : 凛と決別 


 夜空に浮かぶ星がみんな宝石だったら、私は宇宙に行って大金持ちになろう。
 そんなことを昔、思ってたっけ。

 冬木の夜空を見上げる人影。遠坂凛。聖杯戦争のマスター。学園のアイドルにして天才魔術師。エレメンタラー。
 そして、妹殺しの姉である。

「凛。大丈夫か」

 背後からザクザクと土を踏みしだく音。振り返るまでもなく、彼女のサーヴァント・アーチャーだった。

「心配しないで。自分で選んだ道を後悔するなんて、そんなの心の贅肉よ」
「・・・そうか」

 アーチャーはほんの一瞬だけ微笑み、すぐそれを元へ戻した。

「指示通り、間桐桜の遺体は完全に焼却した。体内に残る刻印虫ごとな」
「そ。ありがとう」
「遺灰は残しておいた。君のことだ。受け取らんと思うが」
「当然ね。打ち捨てておいて。戦いの途中で消えた魔術師に墓なんていらないもの」

 素っ気なく流した凛に、アーチャーは思いがけない事実を告げる。

「本題はここからだ。桜の体内に、臓硯の本体が見つかった」

 凛は虚をつかれたように、

「・・・ちょっと。それもう一回言って」
「臓硯は桜の体内に寄生していた、と言っている。手術が失敗するわけだ。
あの老人自身が疑似神経として、心臓に同化したフリをし潜りこんでいた。
大方、聖杯へ桜が至った瞬間、その自我を奪い取り、自分が成り代わる気だったのだろう」
「・・・何て奴」

 凛はきつく拳を握りしめた。それでは桜は文字通り、臓硯に食われていたというわけか。

「さすがに火にあぶられて苦しくなったのか、正体を現した。
タチの悪いものは早めに駆除する主義でな。遠慮なく潰させてもらったが、まさか文句はあるまい」
「それで今、臓硯はどういう状況? 本体を潰されて死んだの?」
「いや、残念ながら存命だ。本体を潰されて今ある体に意識を戻した・・・が、もう臓硯にはスペアがない」

 アーチャーは言う。

「私は以前、奴をこの手で斬った。例の影の乱入で止めまではさせなかったが、通常、両断された肉体を治癒するほどの魔術は存在しない。なのに奴は元の体を取り戻し、今なお健在だ」
「つまり、目に見えている臓硯はスペア。使い魔に過ぎないってわけ?」
「少し違うな。君が衛宮士郎へ教示したように、使い魔は意思を持たん。あれは確かに臓硯そのものに見える。
いわば臓硯は一つのネットワークと見ていい。活動している臓硯はネットに接続されている端末に過ぎん。
ネット上にある元の情報をコピーすれば、何度でも臓硯は再生が可能だ」
「そして、潰した臓硯の虫はサーバーってわけね」
「そうだ。サーバーが潰された今、臓硯はネットワークとの接続を断たれた。
今ある臓硯を始末すれば、もはや二度とかの老人は存在できん」

 夜風が二人の間を抜けた。やるべきことはもう決まっている。

「・・・種も仕掛けもないなら、臓硯は私一人で何とか出来る。けど」
「愚問だマスター。サーヴァントはサーヴァントの相手をする。そして私は最強のサーヴァントだ。
セイバーから受けた傷も癒えた今、アサシンごときに遅れはとらん」
「臓硯を襲えば、あの影だって出てくるかもしれないし」

 片手をあげ、凛の言葉を制止したアーチャーは、

「それより凛。君こそあの死に損ないの老人に負けるなよ。
そうなればまた新たなマスターを探す羽目になるが、残るマスターは臓硯にイリヤにあのたわけ。
どちらにしてもご免こうむるからな」
「・・・アーチャー・・・」

 凛は息がつまりそうになった。
 桜を殺したのは、魔術師として正しい行為だった。今でもそう信じている。けれど、遠坂凛としては大間違いだ。遠坂凛に妹を殺せるわけがない。出来ないはずのことを為した以上、これから一生、凛は「遠坂凛」を否定して生きてゆかねばならない。それはとても辛いことだ。
 だけど。少なくとも目の前の赤い騎士は、彼女を「遠坂凛」だと思ってくれている。何がどう変わろうと、たとえ姿形が一変しようと、彼女は遠坂凛であり自分のマスターであるのだと。
 それが無性にうれしかった。

「急ぎましょう。臓硯だって自分の状況は弁えてる。
また誰か新しい宿り木を探さないとも限らない。その前に、何としても」
「了解した。間桐邸まで全速で行く。捕まれ凛」

 言うより早く、凛の腰を抱えてアーチャーは飛ぶ。鷹のように力強く、星々を背に従えて。
 向かい風に髪が乱れる。避けるように顔をアーチャーの胸へと押しつけながら、ほんの少し。一滴だけ凛は泣いた。
 それは、誰かとの決別だったかもしれない。
 

next grail...黄昏のマキリ


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